晩♨

呟くには大きすぎる気持ちを綴る場所

久々の読書

 常体の気分だから常体で。


 僕は普段、本を読まない。


 読書が嫌いだとか苦手だとか、そういうわけではない。むしろ、物語に触れるのは好きな方だと思う。

 ただ、本を読んでいるときは右手と左手の両方で本を押さえないといけないし、当然ながら目を使わないと文字を追うことはできない。音楽を聴きながら読むのも本の世界に深く入り込めないような気がする。


 つまり、本を読むときは、本を読むためだけに時間を割かなければいけない。

 好きなゲームも好きな音楽も好きな動画もたくさんありすぎて人生の時間が足りない僕にとっては、この点は無視できないデメリットだ。それゆえ読書からは距離を置いて生活していた。


 しかし今日、偶然にも読書の機会が訪れた。


 事の発端は昨日。iPhoneを床に落とした拍子にホームボタンが反応しなくなってしまった。
 一番近い修理店でも家からは4kmほど離れている。研究室のゼミ明けの体で自転車を飛ばすには少々疲れる距離だが、この街ではよくあることだと気を取り直して電話をしたところ、即日その場で修理をしていただけるとのことだった。


 家を出る前の僕は考えていた。脳内会議の議題は、修理の待ち時間に何をするか、だ。

 普段ならスマホをいじっていれば時間は潰れる。しかし、当のスマホは修理に出ているわけで、当然Twitterを眺めることなどできない。

 音楽を聴くのはどうだろうか?自分はiPodという時代錯誤な代物を今も愛用し続ける老人だ。iPhoneが出払っていても問題なく時間は潰せるだろう。

 しかし、修理中や修理が終わったあとに店員さんに呼び掛けられる可能性がある場面では、イヤホンをつけて一人の世界に入り込むのは憚られる。

 そこまで考えて、ようやく読書という選択肢が俎上に載せられた。待ち時間の消化方法としては一般的だし、いつ中断してもいい。うん、本を持っていくことにしよう――。


 と、賛成多数で読書が採択されたはいいものの、ここで問題が発生。普段読書をしない人間は、本をまともに持っていなかったのだ。

 この家にある本はほとんどが大学で使う教科書だが、そんなものを出先で読むほど僕は勉強熱心ではない。というかそもそも持ち運ぶには大きすぎるし重すぎる。そんなわけで、僕が持ち出せる本の候補は2冊だけだった。


 候補の片方は『世界の城』という写真集。7年ほど前、上の姉が誕生日にプレゼントしてくれた本だ。その意図はマインクラフトで城を建築するのが好きだった僕への資料というものだったが、僕はこの本からインスピレーションを受けて、建築へと反映できただろうか――。

 最近になってマイクラを再び触りだしたのでこれに決めてもいいいかもしれないと思ったが、今の自分がそれほど精力的に建築を楽しめる自信がなく、それから待ち時間に人前でフルカラーの写真集を広げるのもちょっと気が引けて、この本にはしないことにした。


 そんな消去法で選ばれてしまった候補のもう片方が『小説の神様』だった。これも7年ほど前だろうか、下の姉がこの本良かったよと貸してくれたものだったのだが……なんと僕は、今日に至るまでこの本の表紙を捲ったことすらなかった。上述の読書を敬遠する気持ちがなんとなくずっと働いていたためだ。

 しかし僕はこの本を姉にそのまま返すことはなかったし(姉から返すのはいつになってもよいと言われていたこともある)、大学入学に際しての引っ越ししたときも、この本を連れていくことに決めた。姉の感性と、本を纏う雰囲気から感じられる、きっと自分はこの本が好きだろうという予感。この2つを信じていたからだ。


 満を持して手に取られたその本を、僕は目論見通りスマホ修理の待ち時間に読み始めた。
 家に帰って、残り全てを読み切った。
 好きだった。


 何かを作って、公開する。それを見た人々に、反応をもらう。そういう経験をしたことがある人――特に仕事として――が、きっと誰もがぶち当たる壁について、この小説は残酷に描写している。僕はそういう経験をあまり多くはしていないが、一応記事を書いたり動画を作ったりする人だった時期もあるわけで、そういった悩みがないわけではなかった。


 何のために創作するかは人それぞれだが、この物語の中で主人公が至った「読者が明日泣かなくてよいために」といったような理由(もうちょっと正確なニュアンスや表現は実際に読んでみてね)を、僕はとても愛おしく思う。というか、僕がつらくなったときに聴く音楽はまさにそんな感じの、現実に立ち向かって生きてゆく勇気をくれるものだ。小説を読む前の予感は的中、好みドンピシャだったわけだ。


 僕は文筆家ではないし、他の手法の創作を生業としているわけでもない。
 だから、不特定多数の「誰か」の人生に共感して、寄り添って、そっと前を向くよう促すことはできないかもしれないけど、せめて僕の目が届く範囲の家族や友人たちに対しては、そういう気持ちを持っていたいと思う。

 まあ僕の周りの人たちみんな弱みをあんまり見せないもんだから、そういうつらい気持ちに気付くことも難しいんですが。

 


 僕は普段、本を読まない。
 でも、読書を通して心が揺さぶられる体験は大好きだ。